農業の三共済とは

第1章:農業経営のリスクと三共済の全体像

農業経営は他の産業にはない固有のリスクを抱えています。台風・豪雨・冷害・干害などの自然災害、市場価格の急落、病虫害や鳥獣害、さらには農業者自身の病気による収穫不能まで、「経営努力ではどうにもならない」ダメージが突然やってきます。

こうしたリスクに対応するため、農林水産省は農業保険法(昭和22年制定)に基づく公的な保障制度を整備しています。税理士として農業者のお客様を支援する立場から、ぜひ把握しておきたいのが次の3制度です。

農業収入全体の減少を品目・原因を問わず補償。青色申告が加入条件。最も包括的なセーフティネット。

農作物・家畜・果樹・畑作物を品目別に補償。自然災害・病虫害・鳥獣害による収穫減を対象とする。

ビニールハウス・ガラス温室などの施設本体と附帯設備を対象に、自然災害・火災等による損壊を補償。

✅ 三共済は「重複加入不可」の部分がある

収入保険農業共済(農作物・果樹・畑作物部分)は選択加入——同時には加入できません。また、収入保険ナラシ対策(収入減少影響緩和交付金)も選択加入です。一方、園芸施設共済(施設内農作物を共済目的としないものに限る)は収入保険と同時加入が可能です。この選択関係を正確に把握することが農業経営設計の第一歩です。

第2章:①収入保険——農業経営全体を守る総合セーフティネット

🔵 収入保険とは——「農業者ひとりひとりの収入全体」を守る

収入保険は2019年(平成31年)から始まった比較的新しい制度です。品目・原因を問わず、農業者が自ら生産・販売した農産物の販売収入全体を対象に、収入が減少した場合に補てんします。自然災害による収穫減だけでなく、価格低下・病気による収穫不能・取引先の倒産・盗難・新型感染症の影響など、農業者の経営努力では避けられない収入減少を広くカバーします。

補償の仕組み

収入保険の補償は、「基準収入」(過去5年の平均収入が基本)と比較して判断されます。保険期間(個人は1月〜12月)の収入が基準収入の9割を下回った場合に、下回った額の9割(支払率)を上限として補てん金が支払われます。

最大補償の例(5年の青色申告実績あり)
補償限度額:基準収入の9割 支払率:9割
→ 基準収入1,000万円の場合、収入がゼロになっても最大810万円まで補てん

補てん方式の選択

方式内容税務上の取扱い
保険方式(掛捨て)支払保険料は掛捨て。保険金受取実績に応じて翌年の保険料率が変動(無事故割引あり)。国庫補助50%保険料・付加保険料:必要経費(農業共済掛金)
積立方式(掛捨てでない)積立金は農業者自身のお金。補てんに使われなければ翌年に繰越し。国庫補助75%積立金:資産(経営保険積立金)として計上。損益不算入

加入条件と対象品目

項目内容
加入資格青色申告を行っている農業者(個人・法人)。保険期間の前年1年分の青色申告実績があれば加入可
対象品目農業者が自ら生産・販売した農産物全般(米・野菜・果樹・花卉・茶・たばこ・しいたけ・はちみつ・生乳など)。精米・もち・荒茶などの簡易加工品も含む
対象外品目肉用牛・肉用子牛・肉豚・鶏卵(マルキン等が措置されているため)
補償限度額青色申告5年実績で最大9割。実績年数が少ない場合は小さな補償限度額での加入
窓口最寄りの農業共済組合(NOSAI)。eMAFFによるインターネット申請も可

💡 収入保険の最大の特徴——「なぜ減ったか」を問わない

農業共済は「自然災害による収穫減」に限定されますが、収入保険は収入が減った理由を問いません。価格暴落・病気・事故・コロナ禍など、農業者が一生懸命働いても避けられなかった結果であれば補てんの対象になります。これが収入保険が「包括的なセーフティネット」といわれる理由です。

第3章:②農業共済(NOSAI)——品目別・災害別の損害補償

🟢 農業共済とは——品目ごとに自然災害等の損害を補償する歴史ある制度

農業共済は農業保険法(昭和22年制定)に基づく最も歴史ある農業保険制度です。農家が掛金を出し合って共同準備財産を造成し、災害が発生した場合に共済金が支払われる相互扶助型の公的保険です。掛金の原則50%を国が負担します。

農業共済の種類と補償対象

共済の種類対象品目(主なもの)補償される事故
農作物共済水稲・麦(陸稲を含む)風水害・干害・冷害・雪害・病虫害・鳥獣害・火災など
果樹共済みかん・りんご・ぶどう・なし・もも・おうとう・うめ・かきなど自然災害・病虫害・鳥獣害・火災による収穫減や品質低下。樹体の枯死・流失・埋没
畑作物共済ばれいしょ・大豆・さとうきび・てん菜・でん粉原料用ジャガイモなど自然災害・病虫害・鳥獣害・火災
家畜共済牛・豚・馬死亡・廃用・疾病・傷害
園芸施設共済ビニールハウス・ガラス温室等の施設(第3章で詳述)自然災害・火災等による損壊

農業共済の補償のしくみ(農作物共済を例に)

農作物共済(水稲)では、過去5年の平均収穫量等をもとに基準収穫量が設定されます。当年の収穫量がこれを下回った場合、共済金が支払われます。

農作物共済の共済金計算(全相殺方式の例)
共済金 = 単位当たり共済金額 × 共済減収量
共済減収量 =(基準収穫量 − 実際収穫量)− 基準収穫量 × 自己責任割合(1割)

農業共済とナラシ対策の関係

米・麦・大豆・てん菜・でん粉原料用ジャガイモを対象とするナラシ対策(収入減少影響緩和交付金)は、農業共済への加入を前提として補てん額が計算されます。具体的には、地域の単収が平年の9割を下回った場合に農業共済が発動したとみなされ、ナラシ対策の補てん額から農業共済の共済金相当額が控除されます。このためナラシ対策に加入する場合は、農業共済とセット加入することが基本となります。

✅ 農業共済の国庫補助率

農業共済の掛金は原則として農業者負担50%・国庫補助50%です。農業者が実際に支払う掛金は補助後の半額となります。掛金は農業共済の種類・地域・農業者の補償選択等によって異なります。

第4章:③園芸施設共済——ハウス・施設を守る専門共済

🟠 園芸施設共済とは——ビニールハウス等の施設本体を守る

園芸施設共済は、農業共済の一種ですが、施設の損壊・倒壊そのものを補償する点で他の農業共済と性格が異なります。ビニールハウス・ガラス温室・加温機などの附帯設備が台風・大雪・火災などで損壊した場合に修復・建替え費用を補てんします。収入保険と重複加入が可能という重要な特徴があります。

補償対象と対象事故

項目内容
補償対象(施設本体)ビニールハウス・ガラス温室・雨よけハウス・遮光ネット等の施設本体
補償対象(附帯設備)加温機・換気扇・灌水設備・養液栽培設備など施設に附帯する設備
補償対象(施設内農作物)オプションで施設内の農作物も補償対象にできる(施設内農作物共済)
対象事故風水害・雪害・地震・火災・鳥獣害など。自然災害全般を広くカバー
補償の仕組み損害額から免責金額(損害額の1割)を差し引いた額を補てん

収入保険と園芸施設共済の重複加入

収入保険と農業共済の農作物部分は選択加入ですが、園芸施設共済については施設内農作物を共済目的としない場合に限り、収入保険との重複加入が認められています。これは施設の損壊リスク(物的損害)と収入減少リスク(事業的損害)はカバーする対象が異なるためです。

施設園芸農家にとって、ハウスが台風で倒壊するリスクは収入減少の原因にもなりますが、施設の修復費用そのものは収入保険ではカバーされません。そのため収入保険+園芸施設共済の組み合わせが施設園芸農家の標準的なリスク管理の形といえます。

💡 施設園芸農家の理想的な三共済の組み合わせ

収入保険(収入全体のセーフティネット)+園芸施設共済(施設本体の修復費用)

この2つを組み合わせることで、①収入が減った→収入保険で補てん、②ハウスが壊れた→園芸施設共済で修復費用を補てん、という二重の保護が実現します。野菜・花卉などの施設栽培をメインとする農家では、この組み合わせがもっとも重層的なセーフティネットとなります。

第5章:三共済の選び方——どれを選ぶべきか

選択の基本ルール

組み合わせ可否備考
収入保険 + 農業共済(農作物・果樹・畑作物)✗ 選択加入どちらか一方を選択。重複不可
収入保険 + 農業共済(家畜共済)○ 重複加入可家畜は収入保険の対象外のため別制度として並存
収入保険 + 園芸施設共済(施設のみ)○ 重複加入可施設本体の補償と収入補償は対象が異なる
収入保険 + 園芸施設共済(施設内農作物含む)✗ 選択加入施設内農作物を共済目的とする場合は重複不可
農業共済 + ナラシ対策○ セット推奨ナラシ対策の補てん計算が農業共済の発動を前提とする
収入保険 + ナラシ対策✗ 選択加入どちらか一方を選択

経営類型別の選択指針

経営の特徴推奨する制度の組み合わせ理由
施設園芸(野菜・花卉)中心収入保険 + 園芸施設共済品目が多様で農業共済の対象外のものが多い。ハウス倒壊リスクにも個別対応が必要
水稲・麦・大豆等の土地利用型農業農業共済 + ナラシ対策
または収入保険
ナラシ対策との組み合わせが有効。規模・経営形態に応じてシミュレーションで選択
果樹中心(りんご・みかん等)収入保険
または果樹共済
収入保険は全果目をカバー。果樹共済は樹体補償もあり。経営規模・品種で比較検討
畜産(牛・豚)中心家畜共済(必須)収入保険の対象外。家畜の死亡・疾病は家畜共済でカバー
多品目複合経営収入保険(推奨)品目ごとの農業共済は手続きが複雑。収入保険は農業収入全体を一括カバーできる
新規就農(青色申告1年目〜)収入保険(早期加入を推奨)青色申告実績1年分から加入可能。実績蓄積で補償限度額も上昇する

収入保険と農業共済のどちらが有利かは、経営規模・品目・地域・過去の実績によって大きく異なります。NOSAI(農業共済組合)では収入保険と農業共済の掛金・補てん金を比較できるシミュレーションツールを提供しています。税理士としては、青色申告決算書のデータを活用して農業者の経営実態に合った制度選択を支援することが重要です。

第6章:三共済の経理処理と仕訳

収入保険の経理処理

収入保険の掛金は、支払い内容によって3種類に分けて処理します。特に積立金の扱いに注意が必要です。

支払い内容勘定科目B/S・P/L税務上の扱い
保険料(掛捨て分)農業共済掛金
※前払いのため翌年経費計上
P/L(経費)必要経費(個人)または損金(法人)
付加保険料(事務費)農業共済掛金P/L(経費)必要経費(個人)または損金(法人)
積立金経営保険積立金B/S(資産)必要経費・損金に算入しない(自分のお金のため)

保険料を支払った年の仕訳(翌年分の保険料を12月に前払い)

【収入保険】12月:翌年分保険料・積立金の支払い

保険料相当額

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支払総額

保険料は翌年の保険期間分を前払いするため、支払った年は「前払金」として計上。付加保険料(事務費)も同様。積立金は「経営保険積立金(資産)」に振替。

【収入保険】翌年1月1日:前払保険料を経費に振替

保険料相当額

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保険料相当額

保険期間が始まる翌年1月1日(または事業年度開始日)に、前払金から農業共済掛金(経費)へ振り替える。

保険金・補てん金を受け取った年の仕訳

【収入保険】翌年1月1日:前払保険料を経費に振替

保険金見積額

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保険金見積額

収入保険の保険金は翌年に支払われる。当年末に見積額を「雑収入(農業収入)」として計上し、借方を「未収金」とする。翌年に入金があったら未収金を消し込む。保険金は保険期間の総収入金額に算入する。

農業共済(農作物・果樹等)の経理処理

【農業共済】掛金の支払い

掛金額

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掛金額

農業共済の掛金(農業者負担分)は全額「農業共済掛金」として必要経費に計上。農業所得用青色申告決算書の経費欄(農業共済掛金)に記載する。国庫補助分は農業者の費用ではないため仕訳不要。

【農業共済】共済金の受取

共済金額

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共済金額

農業共済の共済金は「雑収入」として農業所得の収入に算入する。農業所得用青色申告決算書の収入欄(雑収入)に計上。

園芸施設共済の経理処理

園芸施設共済の掛金も農業共済掛金(必要経費)として処理します。ただし共済金の受取は施設の損害を補てんするものであり、修繕が行われた場合は修繕費との対応が生じます。

園芸施設共済】施設損壊:共済金受取と修繕

修繕費用

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修繕費用

修繕費は発生時に経費計上。共済金受取は別仕訳で「雑収入」に計上。施設の取壊し・新設となる場合は固定資産の除却・取得処理が必要となるため、個別に確認が必要。

園芸施設共済】施設損壊:共済金受取と修繕

共済金額

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共済金額

共済金受取は別仕訳で「雑収入」に計上。施設の取壊し・新設となる場合は固定資産の除却・取得処理が必要となるため、個別に確認が必要。

経理処理の一覧まとめ

制度支払内容勘定科目(借方)損益への影響
収入保険保険料・事務費農業共済掛金(経費)必要経費・損金(当年または翌年に前払処理)
収入保険積立金経営保険積立金(資産)損益に影響しない(預け金扱い)
収入保険保険金・補てん金受取雑収入(収入)農業収入に算入(確定申告が必要)
農業共済掛金(農業者負担分)農業共済掛金(経費)必要経費・損金
農業共済共済金受取雑収入(収入)農業収入に算入
園芸施設共済掛金(農業者負担分)農業共済掛金(経費)必要経費・損金
園芸施設共済共済金受取雑収入(収入)農業収入に算入。修繕費と対応させて処理

第7章:青色申告との関係——収入保険に加入するための前提

三共済のうち収入保険は青色申告が加入条件です。農業共済・園芸施設共済は申告方式を問わず加入できますが、収入保険に加入するためには必ず青色申告が必要です。

制度青色申告白色申告
収入保険○ 加入可(前年1年分の実績あれば可)✗ 加入不可
農業共済○ 加入可○ 加入可
園芸施設共済○ 加入可○ 加入可

💡 青色申告=収入保険加入の第一歩

白色申告の農業者が収入保険に加入したい場合は、まず青色申告承認申請書を税務署に提出し(個人は原則3月15日まで)、青色申告に切り替える必要があります。青色申告に移行した翌年から収入保険に加入できます。

また、青色申告には税制上の特典(最大65万円の特別控除など)もあります。農業者にとって青色申告への移行は、収入保険加入という経営安定上のメリットと、節税というメリットを同時にもたらします。

なお、青色申告実績の年数によって収入保険の補償限度額が異なります。実績が5年分以上あれば補償限度額は最大9割ですが、実績が1〜4年の場合は段階的に小さくなります。早い段階から青色申告・収入保険に切り替えることが長期的な経営安定につながります。

第8章:まとめ——三共済で農業経営を重層的に守る

農業の三共済(収入保険・農業共済・園芸施設共済)は、それぞれ異なる対象・仕組みで農業経営を守る制度です。

  • 収入保険:品目・原因を問わず農業収入全体を守る総合セーフティネット。青色申告が加入条件
  • 農業共済:農作物・家畜・果樹・畑作物を品目ごとに、自然災害等の損害から守る歴史ある制度。掛金の50%を国が補助
  • 園芸施設共済:ビニールハウス等の施設本体・附帯設備の損壊を補償。収入保険との重複加入が可能で施設園芸農家の必須保障
  • 収入保険と農業共済(農作物・果樹・畑作物)は選択加入——同時加入不可
  • ナラシ対策に加入するなら農業共済とのセット加入が基本。収入保険とナラシ対策も選択加入
  • 施設園芸農家には「収入保険+園芸施設共済」の組み合わせが有効
  • 経理処理では、保険料は「農業共済掛金(経費)」、積立金は「経営保険積立金(資産)」として区別する
  • 保険金・共済金の受取は「雑収入」として農業収入に算入し、確定申告に反映させる
  • 白色申告の農業者は青色申告に移行することで収入保険への加入が可能になる

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収入保険加入のための青色申告への移行、制度選択のシミュレーション支援、収入保険の前払処理・積立金管理の経理設計まで、当事務所が農業者の経営を数字の面からサポートします。


石水 秀治(いしみず しゅうじ)

大手監査法人にて17年間、製造業・建設業を中心とした財務デューデリジェンス、IPO支援、内部統制構築支援に従事。2025年に石水会計事務所を開設。中小企業・起業家に寄り添うアドバイザリー型の支援を提供している。